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書評:10万年の世界経済史<下>



書評:10万年の世界経済史<下>
 グレゴリー・クラーク著 日経BP社
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●経済成長が無い世界と爆発的成長をする世界

 <上>に引き続いて、<下>でも著者が定義づける「マルサス的人口論」がベースとなった話が展開します。「マルサス的人口論」とは、ごく簡単に言えば<1800年以前の世界では、いわゆる「経済成長」がほとんどなく、人口が増えれば一人当たりの生産物や資源が減少し弱者が淘汰されるため、人口が
減少に向かい均衡点に落ち着く。逆に、均衡点から人口が減少すれば一人当たりの生産物や資源が増えて人口は増加に向かい再び均衡点に向かう>というものです。

 <上>でも述べられているように、その「マルサス的人口論」の世界が1800年頃の産業革命によって大きく変貌したのです。しかし、著者が指摘するのは現代の経済学のほぼすべてが「マルサス的人口論」に立脚しており、静的な<均衡点>なるものが存在するということを前提にしているから役に立たないということです。

 私自身も、この点においては著者に全く同感です。1800年ごろの「産業革命」は、自然科学でいう「臨界点」です。同じ水の分子で構成されているのに0度で個体の氷が液体になり、その液体の水が100度でさらに気体の水蒸気になる「相転移」という現象がありますが、産業革命もまさに「相転移」です。

 社会を構成する「人間」(分子)という単位は変わらないのに社会・経済が「マルサス的人口論の均衡した世界」(固体)から「産業革命以後の急成長の世界」(液体・気体))へと質的な変化を遂げたため「マルサス的人口論の均衡した世界」(固体)の理論が「産業革命以後の急成長の世界」(液体・気体)には全く歯が立たないというわけです。

 そもそも、「マルサス的人口論」の世界では、人間の労働力と競合していたのは「牛」や「馬」でした。つまり牛や馬などが人間の経済圏の一部であり、少なくとも欧州の農奴たちは「牛や馬」などの家畜と同じ水準の生活を送っていたのです。また、都市においても、「ハイヒールが糞尿まみれの地面に触れないように発達した」、「フロック・コートと山高帽が、民家の2階から投げ捨てられる糞尿をよけるための必需品であった」あるいは「ステッキは糞尿でぬるぬるしている道路で滑った時に必要であった」などといわれるように、恐ろしいほど非衛生的(家畜並み)な環境でした。

 ですから、「経済史」は1800年時点において質的な変異を遂げたという筆者の主張は大いに納得できます。


●奴隷制度は非効率である

 また、奴隷は非効率なシステムであるから消滅したということはよく言われることですが、その点において私も同感です。

 例えばガレー船(古代において2列に並んだ多くの漕ぎ手が全力で漕ぐことによってスピードを増した船)の漕ぎ手を考えてみましょう。彼らを一生懸命働かせるため、鎖でつないで鞭打てばいくらか効率が上がるかもしれません。むろん、「インセンティブ」が全くない彼らを働かせるための監督管のコストは馬鹿になりませんが、「牛や馬」と競合する労働であれば、このような手法もそれなりに役に立ちます。

 ところが、現代の「バイオ研究所」において、研究員達を鎖でつないだうえで鞭打つことで、より良い研究の成果が出るでしょうか?むしろ逆なはずです。

 米国の南北戦争は「奴隷解放」に関する倫理的な争いのように語られ「リンカーン」は、奴隷解放の英雄のように語られますが、そうではありません。農場労働で大量の奴隷(牛や馬の代わり)が必要であった南部に対して、工業化が進んだ北部では工場で奴隷を鞭打って働かせるよりも、解放奴隷にして「えさを与えてやる気にさせたほうが」より効率的だったのです。

 少し皮肉な表現をすれば「社畜」であるサラリーマンと、コンビニ・オーナーなどの自営業者との関係に近いということです。少なくとも自分が「社畜」であると感じているサラリーマンは、必要最低限の仕事をして楽をすることしか考えません。それに対してコンビニ・オーナーは24時間息の抜けない過酷な環境であっても頑張ります。売り上げや利益が増えた場合のインセンティブがあるからです。

 「女工哀史」などという言葉もありますが、工場で鞭打って働かせるなどという話は聞いたことがありません。農作業であれば労働の質はそれほど問われませんが、工場の労働者がたくさんに別れた工程の中で「へま」をすれば、完成品全体に影響を与え大きな不利益を被ります。ですから、鞭打たれていやいや最小限のことを行う奴隷は役に立たず、「インセンティブ」を与えられて、積極的に仕事を行う「解放奴隷」が米国北部の工業地帯に必要不可欠であったのです。

 筆者は、この事実を19世紀〜20世紀にかけての世界の繊維産業でも検証しています。
 当時英国は、繊維工場の機械や技術者を世界中に派遣する技術大国でしたが、他の国々(特にアジア、アフリカなど)の工員の賃金は英国をかなり下回っており、賃金において英国は競争上不利でした。ところが、全体的な英国の競争上の優位はなかなか崩れ無かったのです。著者はその理由を明確には述べていませんが、おおむね「工員の質」および「マネジメントの質」のかなりの差が英国と他の国々の間にあったのは間違いないようです。

 それは、機械1台あたりに必要な工員の数を比較することによってわかります。例えば英国に比べてインドでは、1台あたりに必要な工員の数が5倍以上であったのです。

 これは、インドでは「無断欠勤」や「就業時間中の無断外出」がごく当たり前になっていたので予備的な人員がかなり必要であったからです。「近代産業社会では働く人々のモラルやモチベーション」が極めて重要であることの典型的ケースでしょう。


●民主主義と経済発展

 正確な時期の議論は別にして「民主主義」が世界に広がり発展したのは(少なくとも先進国において)産業革命以降です。

 これも「道徳的に正しいことが実行された」のではなく、産業革命以降の急
速な経済発展に対応するものなのです。バイオテクノロジーとまでは言わなくても、産業革命以降の世界ではドラッカーのいう知識(知恵と工夫)が経済的発展において極めて重要な資源になりました。この知識(知恵と工夫)は、既に述べた様に、鎖につないだり鞭で打ったりすることで得られるものではありません。

 ですから「民主化」=「自由と工夫のインセンティブ」を人々に与えることは、経済発展の「絶対に必要な条件」なのです。その点、小平が始めた「改革・解放」路線からヒットラーをはるかに上回る史上最大の虐殺者である「毛沢東」路線にかじを切った習近平の「共産主義中国」の未来の経済発展はありえず、ただ衰退するのみです。

 もちろんベトナムを含む「共産主義(独裁国家)」の未来の経済発展もあり得ません。少数の共産党員が国民を「奴隷」にする国家では「知恵と工夫」が死に絶えます。


●国民は平等になっても国家間の格差は広がる

 科学技術が発展しても、その成果はごく一握りの富裕層に独占され、大多数の国民は悲惨な環境で生活するというのは、現在まで続く「科学技術と民衆」に関する一種の信仰ですが、これは、事実とは違います。

 産業革命以降、一番恩恵を受けたのは工場などで単純労働を行う労働者であり、小学校さえろくに卒業できなかった彼らの子供の世代(あるいは子孫)が大学教育を受けるという驚異的な所得の伸びを示しています。マルクスをはじめとする共産主義者たちの主張とは裏腹に、産業革命によって貧富の差は急速に縮小しました。現在米国のCEOの高額な給料などがやり玉に挙げられますが、産業革命以前の農奴のような生活をしている人々は現在ほとんどおらず、現代社会はかなり平等なのです。

 しかし、国家間の貧富の差においてはまったく事情が違います。産業革命以前は貧しい国と豊な国の格差はせいぜい1:4くらいであったのですが、現在の貧しい国と豊かな国の一人当たりGDPの格差は50倍くらいになります。

 特に欧州で問題になっている「移民」も、貧しい国と豊かな国の格差が広がったことに大きな原因があります。つまり、彼らは自分の国では経済的な成功が見込めないから「母国を見捨てて他国に寄生」する道を選ぶわけです。もちろん自然界でも「寄生」はよく見られる戦略ですから、必ずしも否定するべきことではなく、人間の細胞の重要な構成要素となった<共存共栄>のミトコンドリアなどの成功例もあります。

 しかし、寄生生物(細菌や虫など)は宿主に害を与えることも多く、寄生生物にとってデメリットであるのに宿主を食い尽くして破滅させることもよく見られます。

 寄生が共生に変わっていくのか、それとも恐ろしい「内側からの侵略者」になるのかどうかはよく見極めなければなりません。

 もちろん、国家間の貧富の差が無くなればこのような問題も起こらないのですが、格差是正の有効な手立てが無いのが現状です。少なくとも豊かな国から貧しい国への資金援助は、その国の経済発展にとって何の意味も無いことは、本書でも述べられているように明らかです。

 貧しい国の国民が自分の国にとどまって、「自分の国を改善する努力」を少なくとも半世紀、あるいは数世紀にわたって経って続けなければなりません。現在先進国と呼ばれる豊かな国は、そのような地道な努力を続けてきたのですから・・・。


(大原浩)


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