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書評:徳の起源 他人を思いやる遺伝子



書評:徳の起源 他人を思いやる遺伝子
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■「利己的な遺伝子」(ドーキンスが主張するのと同じ意味)

 私も含めた人類は「自分の利益を最大化するため」に行動する。これは決して間違いではありません。実際、自然淘汰というのはそれぞれの個体(遺伝子)が自己利益を最大化する結果生じるものです。

 ところが、この自然界の「自分さえ良ければいい」という部分だけに着目し「合理的経済人」(という妄想)を産み出した経済学がほとんど機能しないのも事実です。

 本書は、「人間は自分のことだけを考える悪人なのか?それとも他人のことを常に気にかける善人なのか?」という古くて新しい課題=<性悪説VS性善説>的な観点を踏まえて、人間の<徳>について論じています。

 興味深いのは、著者が得意とする遺伝子的な観点からの考察。例えば同じ血縁集団の中であれば、自分が犠牲になって子供や兄弟姉妹などを助ける行動も理にかなっています。自分に近い遺伝子を後世に残せれば、<利己的な遺伝子>にとっては正しい選択です。

 ところが、血縁関係の薄い大きな集団ではこのような<利己的な遺伝子にとっては同じ結果になる>という論法は通用しません。

 そこで著者がヒントとして提示するのが我々の「人体」。「人体」は驚くほど高度な組織(社会)なのですが、普段それを意識しません。

 たった一つの受精卵から最終的には60兆個といわれる膨大な数の細胞が生まれ、それぞれが与えられた役割を果たすことによって人体は機能するのです。細胞一つを一人の人間と考えれば、60兆人を統治する人体は恐ろしく高度なシステムです。

 現在70億人に及ぶ人類の一人一人は、それぞれに「利己的な個体」です。その利己的な個体を統治して機能させるのが、国家をはじめとする組織なのですが、個体(個人)の利己的な動機に阻まれて、簡単にはいきません。

 ところが、人体はけた違いの数の細胞の「利己的な動機」と直面しているにも関わらず上手にコントロールしています。

 例えば、肝臓の細胞が「脳みその細胞の方が居心地がよさそうだから侵略しよう」と考えて、どんどん自己増殖を始め実際に脳に到達することは十分起こり得るのです。典型的なのは我々が「癌」と呼ぶ現象です。

 癌は、普通の細胞の必要以上の増殖を抑えるシステムが、崩壊することによって生じる病気です。そしてそれは、理論的には健康な細胞でも起こりうる現象なのです。

 個々の細胞にとっては、「利己的な動機」から他の細胞の領地を奪った方が得なのですが、そんなことを許していたら「人体」という大事なよりどころが死を迎え、すべての細胞にとって不利益が生じます。そこで、細胞たちの<最大多数の最大幸福>を担うシステムが、極めて緻密な手法によって、人体の統治を行い、一つの細胞が必要以上に他の細胞の領域を侵食しないようにするのです。


■アダム・スミスが「道徳感情論」で唱える共感

 本書でもたびたび登場しますが、スミスが「道徳感情論」で延々と論じている他人の「共感」こそが、人間社会の個別の細胞(個人)が「自己利益の追求」のみならず、「公益(社会・組織)のための行動」を自然に行う理由です。

 お互いに協力しあう集団の方が、内輪もめを繰り返している集団に勝つのが通例です。すると、協力し合う集団に属する個体の方が将来に遺伝子を残しやすくなります。したがって、例えば現代人の大部分は協力し合う集団に属していた個体の遺伝子を受け継いでいるわけです。

 特別な利益が無くても、人間が協力し合う傾向を持っているのは、ある意味進化的に形成された本能と言えます。

 そうはいっても、強力しあう集団の中で一人だけ裏切れば、大きな利益を得ることができますから、そのような遺伝子を完全に排除することはできません。

 その欠点をカバーするために著者が注目するのは「囚人のジレンマゲーム」における必勝法の研究です。ジレンマというくらいですから、簡単に必勝法は見つからないのですが、近年の研究では、このゲームを長期にわたって多人数で続けていくと<村八分戦略>が極めて有効なことがわかってきています。

 つまり1回だけのゲームでは、裏切り者を排除できないが、複数回繰り返せばだれが裏切り者なのかわかってきますから、その裏切り者と誰もゲームを行わずに<村八分>にすればよいのです。

 実際、現代のようにコンビニ等の便利なシステムが存在しない時代には、村人の誰とも取引できない<村八分>は、場合によっては食料さえ手に入れることができず飢え死にしてしまう厳しい刑罰だったのです。

 ですから、たいていの人間は<仲間外れ>になることを恐れ、他人に優しく振る舞うのです。これなら人間自身の「利己性」と「公益性」が両立するというわけです。


(大原浩)


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