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書評:種の起源(上)



書評:種の起源(上)
チャールズ・ダーウィン 箸 光文社古典新書
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 1859年出版ですから、今から160年ほど前のことになります。
 この年には、スエズ運河が起工(完成は1869年)され、この年に起こった太陽嵐において、リチャード・キャリントンが初めて太陽フレアを観測しています。

 日本では、安政の大獄が起こり、吉田松陰が斬首刑に処せられています。


 確かに、「昔」のことですが、アダム・スミスの国富論が出版されたのは、1776年ですから「種の起源」刊行の百年近く前。アイザック・ニュートンが『自然哲学の数学的諸原理』を刊行したのは1687年、さらに100年以上前の話です。

 今ではごく当たり前になっている進化論の歴史は、他の自然科学などと比べると意外に新しいのです。


 この原因は、キリスト教(ローマカトリックおよびその分派)が欧州を支配していた中世の「暗黒時代」を抜きにして語ることはできません。

 簡単に言えば、当時の欧州は「将軍様」ならぬ「法皇様」が独裁的に支配する、現代で言えば北朝鮮のような地域であったのです。

 魔女裁判の卑劣さ残酷さは有名ですが、<拷問で死ねば無罪、生き残れば有罪>(結局どちらにしろ死ぬ運命)などというでたらめの上に、罪を認めず生き残れば生きたまま丸焼きにされるという恐ろしい刑罰が待っています。

 銃殺する北朝鮮の方がよほど人道的といえるでしょう(ちなみに、ギロチンは人道上の必要から発明されました。死刑執行人が首を跳ねる場合、失敗することがよくあり、半分首がつながったまま、死刑囚が苦しむからです)。


 ガリレオ・ガリレイが、地動説をめぐりドミニコ会修道士ロリーニと論争になったのが1615年。1633年の第2回異端審問所審査で、ローマ教皇庁検邪聖省から有罪の判決を受け、(幸運にも・・・)終身刑を言い渡されます。

 ガリレオの「それでも地球は回っている」は、あまりにも有名な言葉ですが、それから200年以上経ったこの時代でも、本書の中から「それでも生物は進化している」というダーウィンの心の叫びが聞こえてきそうです。


 「進化論」が今でも狂信的なキリスト教徒から攻撃を受けるのには理由があります。それは、この世や生き物は「神が創造した」という天地創造説を真っ向から否定しているからです。
<現在の人間が「偶然」の積み重ねで出来上がったなどとはとても信じられない>、
<例えば眼のような複雑な器官が偶然でできるわけが無い。それは、倉庫の中に並べたジャンボ・ジェットの部品が台風で、偶然組み立てられると言っているようなものだ>
という反論があります。

 この反論は、今でも繰り返し狂信的キリスト教徒などが主張し、リチャード・ドーキンスもその著書の中で詳細に批判しています。しかし、実はその答えはすでに本書の中に書かれているのです。


 進化というのは「可能性をすべて試す」わけではありません。そんなことをしたら、組み合わせの数は、宇宙を例えに出さないといけないほどになります。

 「自然選択」というのは、「有用な性質だけを残す」という点が重要なのです。例えば、足の裏に眼がある動物はいません。そのような組み合わせは、生存の上で全く役に立たないからです。同様に、耳や鼻も足の裏にはありません。

 このように、「自然選択」というのは、不必要な組み合わせを最初から排除しているので、数学的な確率論で考えるよりも、はるかに簡単に進化を実現できるのです。

 例えばオーストラリアの有袋類の多くが哺乳類によく似ているのを見ると、地球環境に適応し生存するのための「進化」の選択枝は意外に少ないことがよくわかります。

 150年前の本書に明快な答えが書かれていることに対して狂信的キリスト教徒などがいまだに進化論の欠陥だとして攻撃しているのを見ると、彼らがいかに本書を読まないで非難しているかが分かります(もっとも彼らは聖書もちゃんと読まず、書いてあることを平気で全否定したり、書いてもいないことを平気で主張しますが・・・)。


 また、本書がアダム・スミスの国富論の100年以上も後に出版されたということも忘れてはなりません。

 スミスは、著書の中で「権力者(国王、国家等)が強力なコントロールをしなくても、人間の自律的な営みによって、経済はきちんと循環する」と主張しています。

 いまではごく普通に思えるこの主張も、当時としては革新的でした。そもそも欧州では、長年にわたって、国家(土地、人民)は、国王や法王の私有物であり、彼らがどうしようと勝手であったわけです。

 ところが、スミスは「国民の最大幸福のための富国を実現するためには、国民の自由な活動を見守るのが一番良い」と主張したのです。「神」、「国家」、「国王が恣意的に経済をコントロールしようとしても良い結果は出ないということです。
 もし、彼らの政策がうまくいくように見えたら、それはもともと経済が自立的にそちらの方向に進もうとしていただけにすぎません(ところが、いまだに政治家や経済学者は、「神の代理人」であるがごとく、色々な政策を立案実行しますが、うまくいかずにいつも言い訳をしています)。

 もちろん、何でも自由にしてよいというわけではありません。国防(軍備)は、国家の最優先事項であるとしていますし、今はやりの言葉で言えば「相撲協会」のような商工業者の利権組織を肥大化させないためには、国家の介入が必要であるとしています。


 私も、軍事とマネー以外の社会・経済活動については、インターネットをはじめとする通信手段の発達によって「自律的進化」の道筋ができたのではないかと思います。

 軍事については改めて申し上げることは無いでしょう。隣国が「ミサイルを撃ち込むぞ」と脅しているときに、国家が軍隊を持たなければ話になりません。

 また、人類は「マネ・サピエンス」と呼んでもいいくらい、金銭への執着があります。金銭のためなら、他人の命を平気で奪う人々が少なくありませんから、こちらも「自律型」は当分お預けです。
 今騒がれている仮想通貨も、ビット・コインのように完全なオープンなものでは無く、銀行団のような「中央」があるクローズ型が主流になっていくと思います。


 ダーウィンがスミスの本を読んだのかどうかは確認できませんが、当時の大ベストセラ―、古典ですから、多分読んだのではないかと思います。スミスも教会にはかなり気を使って「神」の御心のような話を書いていますが、キリスト教が支配していた時代であるということを考慮に入れなければなりません。

 象徴的なのが「神の見えざる手」。国富論には一度も登場しない(「道徳感情論には登場する」」言葉が、こんなに有名になった背景には、狂信的キリスト教徒の「神は偉大だ」というプロパガンダがあったのでしょう。

 ダーウィンの主の起源の発刊が大幅に遅れたのも、創造説を唱える教会勢力からの攻撃を恐れたからです。実際、1782年にスイスで行われた裁判と処刑が、ヨーロッパにおける最後の魔女裁判であるとされるので、本書刊行時には、異端審問にかけられる可能性を否定できませんでした・・・。


 そのような環境の中でダーウィンが勇気を振り絞って本書を刊行したおかげで、今日のバイオテクノロジーをはじめとする、生物学・遺伝学の飛躍的発展があるのです。


(大原浩)


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