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杉江雅彦同志社大学名誉教授 インタビュー その1

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 リンクス リサーチという調査会社を旧ニュースミス投資顧問のアナリスト仲間と共に立ち上げました。
 わたしたちは10年以上一緒に証券調査をしてきた仲間であり、これから個人投資家向けに中長期成長株投資に役立つ仕事をしていきます。


 さて、今回は、インタビュー記事です。


 M氏は同志社で株式理論を学びました。彼の師匠にあたる同志社大学名誉教授の杉江雅彦先生をお招きしました。わたしとM氏は1995年から親交があり、M氏はその頃から一貫して小型株に特化したリサーチを行っているベテランのアナリストです。

 今回は、特にM氏のご尽力により、奈良に御在住の杉江先生に上京していただきました。

 2017年10月18日 東京において、86歳の誕生日をお迎えになった杉江先生とM氏とわたしとで三時間にわたるインタビューを行った。事前に杉江先生からお手紙をいただき、M氏が、その膨大な内容をテキストスクリプトに起こしてくれました。

 Mさん、ありがとうございました。



−−− なぜ、いま、杉江雅彦なのか? −−−


 わたしが、杉江先生にどうしても会いたかった理由は、いくつかあります。

 先生が投資価値の本を出版された1960−1970年代には実務的に不可能であった個別銘柄間の共分散がいま、個人投資家のPCで一瞬で計算できるようになったため。

 また、わたしはPERやPBRという指標よりも、投資家にとってのフリーキャッシュフローである配当をベースにした配当割引モデル(2−3段階)を実務上使用すべきという立場を明確にしている。DDMについての成長バラドックスをわたしなりの工夫で解決した件を先生に聞いていただき、感想をいただくというのが目的のひとつであった。

 さらに、先生は86歳とご高齢であるため、先生の金融市場における功績を書き留めたいという思いもあった。先生の先生にあたる住之江佐一郎というDDMの日本における大家のこともお聞きしたかった。

 日本株投資家の間では、高成長でありながらも実は低リスクである銘柄群が存在することはあまり知られていない。
 だが、杉江先生が学位論文で取り上げられたマコービッツ理論はいま復活させる時期が到来したとわたしは考えている。
 低リスク高成長銘柄群の中から数銘柄の最小分散ポートを提供していくというのが、わたしの今後の目標のひとつである。

 それが簡単にできる時代になったこと、個別株のリスクプレミアムを具体的に計算できる時代になりつつあることから、いま、歴史を振り返り、なぜマコービッツ理論が忘れ去れてたか、についても読者は関心をもって読んでほしい。



−−− 住之江先生の功績  DDMの日本への移植 −−−


 日本でDDM(配当割引モデル)といえば、住之江佐一郎だが、彼のDDMを私自身がバリエーションとして少し改良したものを使っていたので、杉江先生に、成長のパラドックスを避ける工夫について、わたしの方からご説明を申し上げたが、杉江先生は、「なるほど、そりゃ、うまいこと考えましたね」といわれたので、素直にわたしは嬉しかった。それだけでわたしの目的のひとつは達成されたというわけだ。よかった、よかった。

 もうすでに先生の先生である住之江先生は故人ではあるが、住之江先生も日本の証券史に大きな足跡を残した人だ。
 なにせ、明治元年からオイルショックまでの証券関連の書籍の目録つくりをライフワークにしていた学者だ。
 その志を継ぐべく、オイルショック以降の証券関連書籍を整理する大事業をライフワークにしたいなと思っていた。

 住之江先生の弟子ともいうべき杉江先生へのインタビューはわたしの強い要望でやっと叶ったのであった。
 杉江先生の数々の書籍を巡って、いろいろな思い出を聞きつつも、先生の60年にわたる証券業界への貢献の足跡を残したいという思いから、メモを必死にとりました。



−−−杉江先生学部時代の思い出−−−


 同志社の学部時代の思い出について。
 今と違い、学生に、「会社訪問なかった」。「就職は教授の推薦か縁故かしかなかった」

 成績順で選ぶのが推薦だが、先生の成績はそれほどではなかった。
 縁故もない。

 それゆえに一般試験で、倍率数百倍の新聞記者に応募した。
 1000〜2000人が受ける神戸新聞記者の一般試験。
 ところが、これに合格してしまう。

 ゼミの恩師の先輩が神戸新聞の社長で、その社長がわざわざ京都の先生の実家に来られた。
 そのとき杉江先生は留守。先生の両親が対応したのだが、親が勝手に就職を断ってしまう。
 親の方針は、「新聞記者と船乗りにはなるな」であった。

 恩師は一橋出身の長尾義三同志社大学教授であった。

 長尾先生は、同志社では学生から不人気であった。
 金融論だったが、なにせ、すべて落第させてしまうほどの厳しい先生だった。
 ゼミは少ない人数、たったの8人しかいなかった。
 だがよかった。
 経済学はマルクスではなくて、ミクロ経済から始めたからだ。
 「世にも不思議な金融論」であり、かなり抽象的なテキストをつかった。
 実際、何が書かれているか、理解できないほどだった。

 大学院も長尾先生のゼミだった。
 だが、杉江青年は同志社大学に残る道は閉ざされてしまった。
 先輩(2年上)が金融論の助手ポストに採用されてしまったからだ。

 杉江先生のいくポストは同志社ではなくなってしまった。
 大学院に行く年、長尾先生から、金融はやめて、証券学をしなさいとのアドバイスをうける。
 そのうち、君のために大学に証券講座をつくるからといわれた。
 (7〜8年後に本当に実現することになる)


 証券といえば、そのころは、米国であった。米国の書物を研究していた。
 1929年大恐慌や投機の研究をしていた。
 そのころ、米国では銀行がレバレッジで株式を買っていた。
 当時は銀行と証券との境目がなかった。
 ニューディールの中で証券の取引をFRBをチェックするという、マージン取式規制、グラススティーガル法が成立していた。


 投機について、学会では(当局でも)批判的な立場が大多数であった。

1)投機は本来ならば経済成長に使うべき資金を費やしているという説
2)そうではない説。ドイツのフリッツマハールが展開していた。

 杉江先生は、資金拘束説をとらない学者であった。

 投機をテーマにした。
 マージン金率を定める権限をFRBに持たせようとチェック。
 日本では昭和25〜26年に信用取引が導入。
 そのころ、銀行が証券を通して貸す余裕がなかった。
 そのままUSのシステムを導入。
 日銀から借り投資家に貸す、日証金、大証金ができた。


 さて、杉江先生の修士論文の審査のとき、学部長が審査員長であった。
 ところが、株や投機という文字を見ただけで、学問ではないと切り捨てられてしまう。
 論文のテーマについてさえ話をきいてくれない。
 株なんかをどうして対象にしたのかと叱責されてしまう。
 相場屋、株屋と見られたのだ。学問対象にはならないと。

 それでも、投機の社会的な意義があるから、それを説明したが、他人の審査よりもかなり長くかかってしまった。



−−− 大学院で証券をテーマに選んだ理由 −−−


・学部時代に金融政策を卒業論文に選んだこと。指導教授から証券論にするのも良いとのアドバイスを受けたこと。

・そこで大学院の修士論文は金融政策と株式市場への資金流入の関係を主として米国の事情を中心に論じた。当然ながら日本の信用取引も対象にした。


 大学院修了後、最初に研究対象にしたのがポートフォリオセレクション

・大学院修士課程修了後、直ちに同志社大学には行かず数年間、大阪北浜で証券市場と米国経済の研究調査業務に就いた。

 京都学国語大学に大学講師としていなさいといわれたが、することがないというと、「ただ、ぶらぶらしておれ」といわれた。

 商業科の高校で教えた。
 研究もなにもできないので、大阪の証券研究所につとめることにした昭和33年の秋。
 熊取谷武(1906−1993)さんに師事、仕事はフィナンシャルタイムズやウォールストリートジャーナルの記事の訳をすればよいことに。


 野村信託にいた方から昭和36年ぐらいにナショナル証券(松下幸之助創設)の調査部長にならないかという話があった。
 大阪証券研究所は、証券各社の全体の研究員なので、ナショナル証券へ「出向」という形ならよかろうということで調査部長をさせられた。

 29歳。ひがまれた。若すぎる部長であった。
 まわりは年上の人ばかりだから。

 とにかく、そのころは、学位論文(ドクター)をはやく出したかった。
 1959年に出版されたハリー・マーコヴィッツの“Portfolio Selection”という著書は日本で誰も紹介していなかったので杉江先生がその嚆矢となった。
(1953年に論文)

・マーコヴィッツの研究は多くの株式を同時に保有するファンドがリスクとリターンをどのように配分するか(銘柄選択)について統計手法を用いて選別するもので理論的な精緻なものだったが、具体的な計算数が多く当時のコンピューターの能力では時間がかかり、経費も高くついたため、実務界ではほとんど利用されなかった。

 それを改良したのがW.シャープのβ(ベータ)理論である。
 証券の人々は金融の研究者には関心を示さず。証券の学者ではこれはやっていなかった。

 なのでそれを紹介した。これが大きな杉江先生の業績である。



− Risk とReturn −


(それまでの分散投資論は「多くのたまごは、ひとつの籠に盛るな」という格言だけだった)

 予想収益とその確率(偏差)分布は証券理論の基礎であるが、それは株式変動率の期待値とその分散について考えるのである。
 そこまではよい。
 だが、実際、ポートフォーリオのリスクとなると共分散(ccovariance)を計算しなければならない。だが、500の銘柄の共分散は12万にもなるので実務的ではなかった。
 マーコビッツの理論は計算機が高価な時代では普及は難しかった。
 当時は手動のタイガー計算機であったので。

 日本の国政を見ても、60〜70年代は日本社会党が強かった。
 国会での議論は株式投資は反社会的とされた。
 そのときは民社党までも株式投資には反対であった。

 Sharpeの理論でインデックスと個別株の共分散だけでよくなり、500銘柄でも500しか求めなくてよいから、共分散の計算はうんと楽になった。
 それがSharpeの功績。

 このようにしてベータは現場に普及する実務的なものとなった。


 杉江先生は、1974年(昭和49年)信託協会から研究費として50万円をもらえたので、そのお金でニューヨーク+ボストンに行った。ロックフェラー財団の運用を見に行った。ハーバードにもいった。

 メリルの方は、マコービッツ理論をビジネススクールでしかならっていない。
 15年たっても実践ではマコービッツは使えなかった。

 趨勢はインデックスファンドに向いていた。
 北米に留学したとき、ブラウンブラザーズを訪問。
 かれらとハーバードに行った。

 実は1974年ベトナム戦争の終わり。軍需株はハーバードは嫌いだった。
 基金はフィデリティが運用していた。
 そこに軍需株が入っていたので外せとフィデリティーにいったら、
フィデリティは、
 「口を出すな。口を出すなら首にしろ」と。だから首にした。
 運用する人がいなくなったので、大学は素人運用で細々とやっていた。

 ブラウンブラザーズの方に、
 「運用者を探しているんだけど、ハーバード出身がいいな」とハーバード基金が相談すると、
 「待ってました。」
 そのブラウンブラザーズの方は、ハーバードのスクールTieを見せて、俺にやらせてといったという逸話。

 そのころ、同志社では、金融論に加えて、証券論講座を長尾先生が杉江先生のためにつくってくれた。いまも講座があるがやる人がいない。

 後継者はわざとつくらなかった。
 一代限りでよいと思っていた。

 やめて15年経つが、長尾先生が杉江先生のためにつくったのだから、一代講座として、退官後は、もうこれでやめることにした。



−−−−住之江先生との出会いの話−−−


・住之江先生にお目にかかったのは、小生の北浜時代から。大阪証券取引所調査部主催の月例研究会の席だった。
 インベストメントという雑誌をだしていた。
 住之江佐一郎 証券経済学会1966年(昭和41年)に同志社にいった。
 発起人のひとりが杉江先生。
 その前から知っていた。
 それまでにもご著書は読んでいたため、親近感は抱いていたが、個人的におつきあいしているうちに、すっかり魅せられてしまった。

 住之江先生は慶応出身。
 卒業後、独立したが、自分が関係した会社はつぶれるからといっていた。
 その後、立命館大学の教授に50代でなられた。
 執筆のスピードがすごい。あっというまに数冊の教科書を執筆した。
 株式価値論。証券分析の価値。ダイヤモンド社から出した。
 まさに、滝のように書いた。
 文庫本も多く書かれた。


・杉江先生が同志社大学に勤務してからは共著書も書かせてもらい、次第に先生のご専門である株価分析論のお手伝いもするようになり、株式に関心を寄せるようになった。酒席での話題にも事欠かない洒脱(しゃだつ)なお人柄だった。


(つづく)

リンクス リサーチ 日本株調査部 アナリスト 山本 潤


NPOイノベーターズフォーラム理事。
メルマガ「億の近道」執筆17年間継続。
1997−2003年年金運用の時代は1000億円の運用でフランク・ラッセル社調べ上位1%の成績を達成しました。
その後、2004年から2017年5月までの14年間、日本株ロング・ショート戦略ファンドマネジャー。
みんなの運用会議では、自分のおカネを10年100倍の資産運用を目指している。
コロンビア大学大学院修了。
法哲学・電気工学・数学の3つの修士号を持っています。


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)


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