書評:選択の自由 自立社会への挑戦その2






書評:選択の自由 自立社会への挑戦
M&R・フリードマン 著、 日本経済新聞出版社
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■学問(学習)の自由と特殊利益団体

 アダム・スミスは国富論の中で、「ギリシャ・ローマ時代には、優秀な(家庭)教師を自由に選んで雇うことができた。ところが、現代の大学では<卒業証書>を人質にした教授たちは、生徒と(授業料を支払う)親を思いのまま支配している」と嘆いています。そして250年ほど経過した現在でもその状況は変わらないどころかむしろ悪化しています。

 教育も医療や年金などと同様に独占の被害が大きい分野です。国家が教育にかかわるようになったおかげで「競争原理」が働かず、生徒や親の選択の自由が侵されているのが最大の原因です。これに対してフリードマンは、「教育クーポン制度」を提案し、過去米国のいくつかの地域で実験も行われ成功しています(ただし、教職員組合のような特殊利益団体の圧力でつぶされています・・・)。

 教育クーポン制度では、政府から発行されたクーポン金額の範囲内(足りなければ自分自身で加算することができるのが原則)で、公立・私立を問わず一定以上の水準の授業を行っている学校であればどこにでも自由に通学できますし、転校にも制限がありません。

 学校が自由市場で評価され格付けされるだけではなく、その学校に所属する教師たちの能力も厳しく評価されるわけです。


■負の所得税

 最近「ベーシックインカム」の議論が盛んになってきていますが、その背景にあるのは「世界中の先進国が肥大化する社会保障に悲鳴を上げ、負担できなくなりつつある」ということです。

 財政支出の歯止めがきかないのも民主主義の特徴です。もちろん、すでに述べた様に特殊利益団体の強欲さに歯止めがきかず、補助金・補てんなどが際限なく増えていくのが大きな原因の一つです。しかし、より本質的な原因は民主主義そのものの中に内在します。

 例えば「子供議会」で次の提案をするとします。
「三時のおやつのショートケーキのイチゴを2個から3個に増やすのに賛成な人?」もちろん満場一致で可決されるでしょう。少しだけ高くなるおやつ代を払うのは、親たちですから子供たちの懐は痛まないというわけです。フリードマンは、このように「誰のお金」を「誰のために」使うのかについて、次の4つに分類しています。

 1)自分のお金を自分のために使う。
   いわゆるポケットマネー。これまでの経済学の<合理的経済人>はこの部分だけにスポットを当てて、人間の経済行動は合理的であるとする。
   たしかに、他の三つのケースに比べて合理的判断が行われやすいが、この活動は全体の一部であるし、完全に合理的でもない。

 2)自分のお金を他人のために使う。
   子供や親だけではなく、赤の他人のためにも人間は理念に基づいた慈善活動などを通じてこのような行動をする。

 3)他人のお金を自分のために使う
   前述の子供議会だけではなく、国から何らかの補助金などを獲得する行為も他人のお金(国民の税金)を自分のために使う行為といえる。会社の経費で飲み食い(接待)する場合も、自分の飲食代についてはこれが当てはまる。

 4)他人のお金を他人のために使う
   財団の管理者が慈善事業を行う場合や、弁護士や信託銀行が「信託」を受ける場合、さらには金融商品の「投資信託(ファンド)」もこの例である。この場合、「他人のお金を他人のために使う」管理者が自分の得になるよう行動するという点がフリーマンが指摘する重要点である。
   例えば弁護士が信託された財産を使い込むという事例はよく聞くし、投資信託は投資家が儲からなくても運営会社は着実に儲かる商品である(その具体的手法についてはここでは述べない)。

 国の財政支出というのは、実は3)と4)が合わさったものであり、特殊利益団体の欲望には限りが無く、官僚・役人が税金を自分の有利になるように使おうとすることも止められないのです。

 結局、複雑怪奇に絡まった財政支出を解きほぐし、整理したうえで減らすなどというアクロバットはだれにもできないということです。

 したがって、解きほぐせなくなった糸をすべてご破算にし、新たにまっすぐなベーシックインカムという一本の糸を垂らすほうがはるかに合理的だということです。

 さらに、フリードマンは一歩踏み込んで負の所得税というものを提案しています。簡単に説明すれば、次のとおりです。

 1)世帯の最低限の生活に必要な金額を例えば生活保護水準の月額約16万円・年額200万円とします。

 2)負の所得税の税率を50%とします。

 3)もし該当世帯の収入が100万円であれば負の税率50%×(基準値200万円−実際の所得100万円)=50万円が支給されます。

 4)もし基準金額の200万を上回れば、通常の所得税を払います。

 5)この負の所得税以外のあらゆる補助金・支援、強制加入の年金・健康保険もすべて廃止します。

 少なくとも理論的には素晴らしい案ですが、実際に導入するとなると特殊利権組織や、既得権益で潤っている人々が暴動を起こすかもしれません・・・。

 しかしながら、このシステムであれば、100万円の所得の世帯が頑張ってもう百万円稼げば、負の所得税50万円を上回るわけですから「補助金をもらって勤労意欲が衰える」ということはかなり少なくなります。

 経済発展の究極的な原動力は「国民の勤労意欲」であるわけですから、この負の所得税は多くの困難が予想されるにせよ、導入を目指すべきであると考えます。


■輪転機で紙幣を擦り続ければインフレになるか?

 よく言われるのが「1万円札の製造コストはせいぜい20円ほどである」ということです。20円以下の原価の商品を500倍の1万円で販売するのですから、日本銀行をはじめとする中央銀行は笑いが止まりません。さらに最近数多く登場した仮想通貨(電子マネー)は、100億円であろうが、1000億円であろうが電気代だけで維持できるシステムですからさらに利幅の厚い商売です。

 このような摩訶不思議な「貨幣の本質」について論じるには字数が足りないので、拙著「銀行の終焉」(あいであ・らいふ)などを参照いただくとして、誤解を恐れずに単純化すれば「紙幣(仮想通貨)」は「狸に化かされた人が見ている木の葉」です。紙切れにも電子信号にも本質的な価値はまったくありません。通貨として流通しなければ、福沢諭吉の肖像が描かれたちっぽけな紙切れと、1万円分の金を交換する人はいませんし、コンピュータ上の電気信号についても同じです。

 フリードマンは、政府(中央銀行)の通貨供給量の増減によって、金融市場(経済)をある程度コントロールできると考えています。確かに、通貨供給とインフレとの関係はあるように見えますし、これまでの金融政策においても通貨供給量のコントロールは極めて重要なものとされてきました。しかし、フリードマンが両者の相関関係の典型例として取り上げる1973年からの物価上昇においても、顕著な通貨供給量の上昇は1971年から始まっており、2年ほど遅行しています。しかもそれ以前の通貨供給量も決して少なくは無く、しかも1973年の第1次オイルショックの影響も考えなければなりません。

 また、日銀が2014年4月に始めた巨額に上る国債買い入れを主軸とする金融緩和政策もすでに5年目に突入しますし、それ以前の金融緩和を考えれば延々と資金を供給しているわけですが、一向に物価が上がる気配がありません。

 もちろん、歴史上まれな15年に及ぶデフレやマイナス金利への突入など特殊要因はたくさんありますが、そのような特殊要因に左右されること自体<資金供給とインフレの関係の公式>が存在しない証明となるのではないでしょうか?

 冒頭で申し上げた様に、通貨は葉っぱであり「人間の心の反映」です。いくら葉っぱ(通貨)を供給しても、人々がインフレが起こると考えて「買い急ぎ」という行動を起こさない限り、インフレは起こらないのではないでしょうか?現在の日本は、1990年頃のバブル崩壊以来、デフレマインドが沁みついているので、容易なことではインフレマインドに転換しないため、いくら資金供給を行ってもインフレが簡単には起こらないと考えます。


■供給した資金はどこに消えたのか?

 そこで疑問が生じるのは「有り余るほど供給した資金はどこに消えたのか?」ということです。

 フリードマンは、(国民)生産と通貨供給の関係を重視します。つまり、経済成長に見合った資金を供給すれば、世の中はうまく回るということです。多すぎても少なすぎてもいけません。この理論は非常に説得力がありますが、一つ見落とされていることがあります。それは、供給された資金は実体経済に投入されるだけではなく、金融商品にも投入されるということです。

 金融商品の中でも、実物株式や不動産などの実物に連動している商品は、資金の受け入れに限度があります。ところが仮想通貨や派生商品などの実態のない投資商品の場合はブラック・ホールのように資金を吸い込みます。日本銀行がいくら資金を供給してもインフレにならないのは、この点が大きな理由ではないでしょうか?

 仮想通貨や派生商品の実態というのはつかみにくいのですが、一度しっかり考察する価値はあるのではないかと思います。


(大原浩)


★2018年4月に大蔵省(財務省)OBの有地浩氏と「人間経済科学研究所」(JKK)を設立しました。HPは<https://j-kk.org/>です。

★夕刊フジにて「バフェットの次を行く投資術」が連載されています。(毎週木曜日連載)


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書評:選択の自由 自立社会への挑戦その1






書評:選択の自由 自立社会への挑戦その1
M&R・フリードマン 著、 日本経済新聞出版社
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■なぜ国営なのか?

 共産主義ファシズムが横行するチャイナや朝鮮半島の国々をはじめとする発展途上国(後進国)などは論外として、米国や日本などの先進国(資本主義・民主主義)において、「国民の自由は保障されている」と多くの人々が信じています。

 しかし「本当に国民の自由が保障されているのですか?」ということが、本書の投げかける重要なテーマです。

 例えば年金・医療。ほとんどの先進国で、年金・医療は国家が担当するものと相場が決まっていますが、本当に「国営」でなければいけないのでしょうか?年金も医療保険も民間企業が多くの商品を発売しており、その中には少なくとも「国営」よりはるかにましなものがたくさんあります。

 それなのになぜ、年金や医療保険が国営(強制加入)なのでしょうか?かつての、郵便局対ヤマト(宅急便)の競争でも明らかなように、国民に安くてより良いサービスを提供できるのは、自由競争の中で淘汰されて生き残った民間企業です。逆に旧社会保険庁のような信じられないほど非効率で腐敗した組織は、その問題のすべてを国民の税金(および保険料)によって負担し、しかも日本年金機構と全国健康保険協会(協会けんぽ)という二つの祖息に分かれ「焼け太り」となりました。

 つまり、国営(官僚組織)である限り、どのような失敗をしても、組織自体が民間企業のように「倒産」することなく、すべての失敗の責任は国民(主に税負担)に押し付けられます。逆に、問題が生じると自分たちの無能さはそっちのけで、ほとんど関係が無いような原因を探し出してきて「この問題の原因を解決するためにはもっと人員を増強しないといけない」という主著を行い「焼け太り」します。これが「国営」の標準的な姿です。

 わかりやすいのが、今でも毎年3月末になるとよく見かける道路工事をはじめとする公共事業です。民間企業であれば「できる限り少ないコストで、できる限り充実したサービスを提供する」ように努力するのは当然のことです。そうしなければ、民間企業は繁栄しません。ところが「国営」では「一度獲得した予算は、どのようにくだらないことに対してでも使い切った方が良い」というのがルールです。事業を効率良く運営してコストを下げ余剰金でも出そうものなら大変なことになります。翌年から予算をその分減らされ人員もたぶんカ
ットされるでしょう。彼らにとって「効率的な事業運営は悪夢」にしか過ぎないのです。

 国営企業(ビジネス)が非効率なのは、官僚(役人あるいは公務員)個々人の能力の問題では無く、「成果をあげると評価されるどころか、むしろ非難される」組織のシステムそのものに大いなる問題があるのです。


■我々は本当に自由なのか?

 強制加入の国営ビジネスが、我々国民の選択の自由を奪うだけではなく非効率・腐敗の責任を税負担という形で我々に押し付けるのは明らかです。しかし、我々の自由を奪う国家の政策はそれだけではありません。

 フリードマンが指摘するのは「免許制度」です。医師・弁護士・(公共教育の)教師に国家の(公的な)免許が必要なことは誰もが当たり前と思っていますが、これもまったく理由がありません。

 まず、免許制度は国民に与えられた職業選択の自由を奪うわけですから、慎重に考えなければなりません。また、ユーザーである国民の側からしても国営の免許制度は極めて不便です。例えば医師免許。免許を与える基準が本当に正しいのかどうかは、国営以外に比較の対象が無いのでわかりません。少なくとも、何十年も前に免許を取得した医師の技量や知識が現在どのようなものであるのかはまったくわかりませんし、外科医の手先が器用であるのかどうかもまったくわかりません。さらには、救急隊員や看護師がただ単純に医師免許を持たないがために、必要な治療を行えなかったことによってどれほどの尊い命が奪われたのかわかりません・・・

 それに対して、民間企業が金融における格付け会社のように医師の技量を認定したり、格づけすれば、様相は一変します。命にかかわる医療だから、やはり国の免許が・・・という人には、国営の免許制度を残してもかまいません。郵便事業のように、国営の事業を実質的に残しつつ、民間の参入を促せばよいのです。国営事業と民間事業と、どちらが患者の役に立つ医師の技量の評価(ライセンス付与)や格付けを行うことができるのかは火を見るよりも明らかです。


■特殊利益団体と民主主義

 「民主主義は国民の総意を反映する」という話があります。確かに理念あるいはある一面だけを見ればこの意見は正しいでしょう。しかし、米国や日本をはじめとする民主主義国家の運営の実態について述べるとしたら、これはまったく間違った意見です。

 民主主義の運営の実態から言えば、「少数派の特殊利益団体が多数集まって国の政治を動かしている」のです。

 この「特殊利益団体」は、アダム・スミスが国富論の中で「商工業者」と述べているものと基本的に同じです。ビジネスの世界でいう「業界団体」というものに相当します。

 特殊利益団体は、自らの少数の仲間の利益を図るために、大多数の国民の利益を侵害する点に特徴があります。わかりやすいのが「コメ問題」でしょう。

 昔に比べればはるかにましになりましたが、日本国民は国際価格に比べて異常に高い値段のコメを売りつけられ、そのコメを買う以外の選択はありません(パンを買う場合も異常に高い小麦を使ったパンを買うしかありません)。

 望んでこのような高い商品を買う消費者はいないはずですが、国民の声によってこの制度の改革が行われることはありません。なぜなら、国民が1年間に使う米代はそれほど大きくなく、それぞれの消費者が怒りを募らせて「一般利益」団体を設立しないからです。それどころか、「特殊利益団体」を設立するほどの人数さえ集まらないでしょう。

 それに対して、国民の数%以下の農民がこの異常に高いコメ価格から受ける恩恵ははかりしれませんし、農業補助金などすべて合わせれば、農家一戸当たり数百万円から数千万円程度の利益は出るのではないでしょうか?

 それだけ儲かるのなら特殊利益団体の活動にも熱が入り、資金力にものを言わせて政治家を思いのまま自由に操り、大多数の国民に害を与える政策を延々と続けさせるのです。

 もちろん、国会の審議は最終的に多数決によって決まりますから、あまり露骨な自己利益を主張できません。そのため「食糧自給」など色々な屁理屈を広めるわけです。ちなみに、農産物を自給しても、肥料や農産物を運ぶ流通のための原油輸入がストップすれば国民が食糧を手に入れるのが困難になりますし、有事に農家が国民に「適正価格」で農産物を売ってくれるという保証もありません。

 結局、民主主義の運営においては、数限りない特殊利益団体が強い力を持ち、国民全体の利益は尊重されにくいし、「選択の自由」は常に危険にさらされているのです。


(大原浩)


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孫子と三賢人のビジネスその2



産業新潮 
http://sangyoshincho.world.coocan.jp/
11月号連載記事


■その2 戦争は短期決戦を良しとする


●「戦わずして勝つ」のが最善


 実は「戦争は短期決戦を良しとする」という言葉は、孫子のあまりにも有名な言葉「戦わずして勝つ」と対を為しています。とにかく戦争というものは犠牲が多いものです。ビジネスでも「◎◎戦争」と企業間の争いを表現することがありますが、そこまで激しい戦いですと、それぞれの企業の消耗度合いもかなりのものになります。ですから、軍事においてもビジネスにおいても、「戦争は回避すべき必要悪」ですから、起こさないのが最も賢い戦略です。

 しかし、軍事でもビジネスでも戦争を避けることができない場合もあります。
 例えば、相手が攻撃を仕掛けてきたときです。世の中には「敵が攻撃してきたら、自分たちは無抵抗で殺されれば平和が保たれる」などと、馬鹿げたことを言う人間が(特に日本に)いますが、そのような人々は、率先して世界に無数にある戦場に行っていただき、平和のために死んでいただきましょう・・・

 もちろん、軽微な攻撃ならばやり過ごして「戦わずして勝つ」ことも不可能ではありません。しかし、大概の場合は反撃をしなければ自らを守ることができません。しかし、そのようにやむにやまれぬ理由で戦争を起こす場合でも、犠牲を最小減にするために短期決戦を心掛けなければなりません。戦争が長引けば長引くほど、国家や企業の犠牲が必然的に増えるからです。
 国王(将軍)や株主(経営者)は、国家や企業が繁栄するため行動すべきですから、無駄な犠牲を払ってはならないのです。


●日雇い投資と長期投資(バフェット流)


 世の中のほとんどの投資家は日雇い投資家(デイトレーダー)です。日雇い労働者は、朝トラックの荷台に飛び乗って、工事現場で汗を流せば夕方帰るときにわずかばかりの日当をもらえます(日雇い投資家はそれさえもらえるかどうか定かではありませんが・・・)。
 このようなやり方は「短期」と呼ばれますが、実は孫子が指摘する「ずるずると長引く消耗戦」なのです。なぜなら、このような日雇い方式では、一度に稼ぐことができないため、毎日働かなければなりませんし、雨の日など仕事が無い時には、ごくわずかの蓄えさえ食いつぶさなければならないからです。

 それに対して、バフェットは長期投資家として有名です。一度購入した企業の株式はなかなか売却しませんが、例えば、一つの企業の株式を20年間保有したとしましょう。売買(戦争)を行うのは、最初の1回と最後の1回の合計2回だけです。ところが、日雇い投資家は毎日売買(戦争)を行うわけですから、行わなければならない戦いの数は数え切れません。これこそが孫子が指摘する「するずると長引く消耗戦」なのです。

 バフェットは「ただ1度の熟慮した決断がうまくいかないのであれば、それよりも集中力が劣った多数の判断がうまくいくはずが無い」と述べています。
 孫子もバフェットも、「絶対に負けない(損をしない)ようにすること」を信条にしています。戦いには絶対に負けられないのですから、一つに集中し、あれもこれもと散漫な戦いをすべきではありません。


続きは「産業新潮」
http://sangyoshincho.world.coocan.jp/
11月号をご参照ください。


(大原浩)


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書評:とことんやさしい エネルギーの本



書評:とことんやさしい エネルギーの本 第2版
   山崎 耕造 著、 日刊工業新聞社
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 第2章の<考えよう地球環境>で、「地球温暖化教」をはじめとする怪しげな環境問題について論じられている以外は、よくまとまっていると思います。

 <そもそもエネルギーとは何ぞや>という話からスタート。物質はエネルギーの一形態であることは、よく知られるようになってきましたが、エントロピー増大の法則にも触れながら簡略に解説しています。

 確かに地球のエネルギー資源の大半は太陽の核融合エネルギーが変化したものですから、このように根本から説明する体裁はとても良いと思います。太陽光発電のような直接的利用だけではなく、光合成を行った植物の遺産である石炭やその植物のエネルギーを活用する動物の死体が変化した石油(非生物起源説と生物起源説があるが、本書は後者の立場)など、地球上のエネルギー資源の大部分は太陽光の恩恵を受けています。潮流や風も、太陽光で地球が温められることにより生じる現象です・

 第5章で核エネルギーに関しても詳しく述べられていますが、政治的な偏見から語られることが多い内容を、客観的にコンパクトにまとめています。

 ちなみに、東日本大震災以前、日本の電力のほぼ三分の一が原子力によるものでした。
 米国の原子力依存度は20%弱ですが、日本の総発電量にほぼ匹敵します。
 フランスでは電力の80%が原子力です。

 エネルギー利用効率については、1次エネルギーを100%とした場合次のようになります。

1)電気自動車
  発電(火力発電の効率はおおよそ40%〜50%)の場合は送電ロスなど
  も考えると、約38%。電気自動車そのものの動力効率は70%ですから、
  最終的なエネルギー効率は約27%になります。

2)ガソリン自動車
  原油からガソリンへの変換効率は84%。ガソリン車の動力効率は18%
  ですから、最終的な効率は約15%になります。

 ハイブリッド車の変換効率がどの程度なのかは非常に興味深いところですが、本書では触れていません。

 現在電気自動車を<満タン=フル充電>にするには、家庭用の電源で24時間かかることを考えれば、電気自動車が普及すれば現在と比べてかなり多くの電気を消費するようになることは容易に想像できます。各家庭が乗用車を充電するだけでなく、物流トラックなどの業務用車両も充電の必要があるのです。

 最後は、月資源利用や太陽光帆船(ソーラーセイル)などのSF的話題にも触れられていて楽しめます。


(大原浩)


★2018年4月に大蔵省(財務省)OBの有地浩氏と「人間経済科学研究所」
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書評:大国の興亡<下巻>



書評:大国の興亡<下巻>
   1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争
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■平和主義がナチスの台頭を招いた

 第一次世界大戦以降、本書が執筆された1980年代後半までの「大国の興亡」が詳細に述べられている。

 日本は第一次世界大戦の戦勝国であり、自国が戦場になることは無かったので、その悲惨さについてはあまり語られることが無い。

 しかし、4年半の総力戦による戦死者は800万人。回復不能な障害を負った者が700万人。重軽傷を負った者が1500万人。また、ロシアを除いた全欧州で、500万人が、戦争がもたらした病気や飢饉や物資の不足で死んでいる。ロシアでは内乱による多数の死者を合わせると、それ以上の人間が死んでいる。さらに、1918年〜19年にかけて流行したインフルエンザは戦争で疲弊した数百万人の命を奪った。結果、同期間に死亡した人々は6000万人に及ぶとされる。

 それに対して、第二次世界大戦における連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は5000万〜8000万人(飢饉や病気の被害者数も含まれる)とされる。当時の世界の人口の2.5%以上にもおよぶ。民間人の被害者数:3800万〜5500万(飢饉・病気が原因であるものは1300万〜2000万)である。

 フランスの現在の人口が6700万人、英国が約6500万人であるから主要国が一つ吹き飛ぶほどの被害であったのだ。

 だから、1918年の第一次世界大戦終結の後、欧州各国の指導者が再び悲惨な戦争を引き起こさないことを最大の目標に掲げたこともよくわかる。巷には憲法9条教の信者のような特異な人々がいたかもしれない・・・。

 その間隙を塗ってナチス・ドイツやムッソリーニのファシスト党が勢力を拡大したというわけだ。その間、英仏をはじめとする欧州諸国は、再び戦争を起こさないためにナチスに譲歩を続けた。

 英国では、ナチスに対して非融和的政策を唱えたチャーチルが冷や飯を食わされたし、IBMの実質的創業者であるワトソン・シニアがナチスから勲章を授与され鼻高々になったということもあった(ナチ批判が高まったため後に返還している)。

 今では、ハリウッドのユダヤ人勢力によって反ナチプロパガンダ映画がうんざりするほど製作されるが、当時の欧州や米国ではナチス・ドイツ(国家社会主義労働者党)に対して好意的な人々も多かったのである。

 しかし、1939年3月の事実上のチェコ併合の後、8月23日、ヒトラーは独ソ不可侵条約を締結し、9月1日にポーランドに侵攻した。これに対し、堪忍袋の緒が切れた英仏両国は、9月3日ドイツに宣戦し、第二次世界大戦が始まった。

 現在の共産主義中国も当時のナチス・ドイツと同じ立ち位置である。2回の世界大戦で国土が荒廃した欧州はもちろん、ベトナム戦争で傷を負った米国も大きな戦争はしたくない。その間隙を縫って(特に習近平氏以降の)、共産主義中国は、領土的野心をむき出しにした侵略行為を南シナ海、尖閣、民主主義中国(中華民国=台湾)などで行った。

 今回の米中貿易戦争と呼ばれるものでは、単に関税だけでは無く、共産主義中国によるスパイ行為にもスポットライトが当たった。さらには天井の無いアウシュビッツ(ウィグル)やソ連との武器の取引も強く糾弾されている。

 明らかに米国の堪忍袋の緒が切れつつあるのである。特に共産主義中国による民主主義中国(台湾)への侵略は「米国の核心思想」への攻撃であり一線を超える行為である。

 2世のボンボンである習近平氏が状況をわきまえて正しい判断を行うことができるかどうか不安である。


■共産主義(ファシズム=全体主義)国家は知識社会では繁栄できない

 ファシズムの生みの親が、イタリアのベニート・ムッソリーニであることは意外と知られていない。第二次世界大戦末期、幽閉されていたムッソリーニをヒットラーが電撃的作戦で救出し、それ以後ヒットラーの部下同然になったムッソリーニだが、ファシズムの歴史においては先輩なのである。

 ムッソリーニはもともとイタリア社会党員であり、党中央の日刊紙である『アヴァンティ』編集長に任命されその辣腕によって発行部数を急拡大させている。

 さらにソ連のレーニンもムッソリーニの演説会に足を運んでその才能を高く評価し、後にイタリア社会党が彼を除名した際には「これでイタリア社会党は革命を起こす能力を失った」とムッソリーニを称賛している。

 したがって、共産主義とファシズムは同根であり、極めて似通った思想(全体主義)なのだが、このような全体主義国家においては、ピータ―・F・ドラッカーが定義する「知識社会」の発展はありえない。

 本書でも「知識集約産業は、技術的な訓練を受けた人々が自由な研究を奨励され、新しい知識や仮説をできるだけ広範囲に交換できる社会で最も発達する」と述べられているが、知識社会発展のキーワードは「自由」である。

 牛や馬と一緒に働く農奴や奴隷であれば、ムチ打って強制的な労働を行わせることができるかもしれない。しかし、バイオテクノロジーの研究員を鞭打って業績を向上することなどできないことはすぐにわかる。

 すぐれた研究員同士が自由に意見を交換し、より高度なアイディアを生み出すことが研究の発展につながるのである。だから「思想・表現の自由」は最も重要である。

 だから、これからの「大国の興亡」においては、軍事力、経済力も重要だが「自由」こそが最も注目しなければならない要素なのである。


(大原浩)


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書評:大国の興亡<上巻>



書評:大国の興亡<上巻>
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■法皇様に支配された暗黒時代からの脱出

 <上巻>だけを読んだ段階でも、500年におよぶ(上巻では第1次世界大戦のあたりまで)欧州史の壮大な歴史絵巻には圧倒される。

 およそ1000年の間のキリスト教(カトリック)支配のもと、西ヨーロッパ圏では古代ローマ・ギリシア文化の破壊が行われ、多様性を失うことにより、世界に誇るような文化を生むことはできなかった。いわゆる中世を暗黒時代である。

 この期間におけるキリスト教支配は苛烈であり、宗教裁判において典型的に見られるように、教会に雇われたプロフェッショナル(拷問師)による拷問、火あぶり、八つ裂きなどその残虐性は際立っていた。北朝鮮の将軍様ならぬ、カトリックの法皇様の独裁によって、欧州は当時進んだ文明であったアラブ圏、アジアなどのはるか後塵を拝した野蛮な後進国に過ぎなかった。その野蛮な出遅れた欧州が突如として、世界の中心となり他の地域の支配者となったのである。

 これは例えていえば、現在の北朝鮮が米国のような繁栄する大国に変身したようなものであり、歴史家の注目を常に浴びているのは当然ともいいえる。
 <1500年〜2000年の欧州を中心とした大国の興亡>には極めて重要な意味があるのである。


■ルネサンスの開花

 おぞましいキリスト教支配を打ち破るルネサンスはイタリアで始まった。
 シチリア王・神聖ローマ帝国皇帝のフェデリコ2世(1194−1250年。イタリア生まれでイタリアを中心に暮らした)が、ローマ帝国の復興を志し、シチリア王国に古代ローマ法を基本とした法律を定め、ナポリ大学を開いたのがその始まりといえるだろう。しかしながら、ローマ教皇や諸都市と敵対し、結局、彼の死後、南イタリアはフランス・アンジュー家の支配下に入った。

 14世紀以降、ルネサンスの中心地となったのは、地中海貿易で繁栄した北イタリアやトスカーナ地方の諸都市である。特にフィレンツェは、毛織物業と銀行業が盛んになり、大きな経済力を持っていた。

 15世紀末から16世紀に入ると他の欧州諸国にもルネサンスが広がる。
 本書が扱うのは、まさにこの時期からであるが、ルネサンスが欧州諸国をキリスト教支配から解放したとは言い難い。18世紀のアダム・スミスの時代にも宗教裁判は行われ、たまたま彼がパリ在住の際に行われた宗教裁判で、息子の無実を主張した父親の勇気をほめたたえている。ちなみに、「欧州最後の魔女」と呼ばれるアンナがスイスで処刑されたのは1782年である。


■産業革命によって「人類」は「人間」に進化した

 奇しくも、産業革命が英国で起こったのが1800年頃である。
 私は、「人類」と「人間」を区別しているが、(すでに人間であった)王侯貴族以外の庶民が生物学的分類の「人類」というだけでは無く、我々の考える「人間的」な活動が可能な「人間」となったのは、産業革命以降、莫大な富が蓄積され、それが労働者(国民)に広く還元されたからである。

 通説では、資本家によって労働者が生み出す富が奪われたとされるが、これは間違いである。もちろん資本家も潤ったが最大の受益者は(工場)労働者である。

 しばしば産業革命時の劣悪な労働環境、児童労働、長時間労働が糾弾される。それを否定するわけではないが、彼らが都市で働くために農村から大挙してやってきたのは農奴(農民)の生活がそれよりもはるかに悲惨であったからである。例えば、農村で幼い子が畑仕事を手伝うのは当たり前であったが賃金は1円たりとも支払われなかった。また農奴は、長時間労働どころか定まった休日さえ無い。

 一般大衆が読み書きさえままならない時代から、庶民の子供が大学や大学院に通うことができる時代へ移り変わったことこそが、産業革命以降の生産性向上で生み出された富が労働者(一般大衆)に広く還元されたことの証である。


■産業革命が戦争を変えた

 英国で産業革命が始まったのが必然なのか偶然なのかは多くの議論があるところだが、アダム・スミスが理想とする「自由主義」(念のため彼は、例えば外国の侵略を防ぎ自由を守るために政府(軍隊)は必要不可欠だと述べている)が少なくとも、他国に比べて英国で発展したのは間違いないことである。

 本書でも、英国の「自由主義」に詳しく触れており、それがフランスやドイツなどの全体主義的傾向(絶対王政、ファシズム、共産主義など)と異なり、英国の繁栄に寄与したと述べている。

 ただし本書のテーマである「大国の興亡」は、経済的要因と軍事的要因が複雑に絡まって起こるものである。特に近代の戦争においては、兵器や物資を供給する資金やテクノロジーが極めて重要であるが、軍隊の戦術や士気、さらには近隣諸国との地政学的関係も極めて重要である。例えば英国は欧州の辺縁の島国であり、ロシアも辺縁国家だが、フランスは大陸の中心部に位置し、国境線の心配を常にしなければならない。

 テクノロジーの発展と、生産性の向上(経済の発展)、人口増加などが複雑に絡み合う中で大国がどのように興亡したのかを、本書は極めてすっきりと描いている。


■現代の戦争

 最近、米中貿易戦争が話題になっているが、これはもしかしたら文字通り「新しいスタイルの戦争」の始まりかも知れない。

 本書でも鋭く描写しているように、殺し合いをする戦争において、尊い人命が失われるのは間違い。例えば、第一次世界大戦の犠牲者は、戦闘員および民間人の総計として約3700万人。また、連合国(協商国)および中央同盟国(同盟国)を合わせた犠牲者数は、戦死者1600万人、戦傷者2000万人以上を記録しており、これは人類の歴史上、最も犠牲者数が多い戦争の1つとされている。

 現在、徴兵制を停止(制度そのものは現在も存続している)している米国が、米国の若者の血を大量に流す戦争を長期間続行するのは、世論対策も含めて簡単では無い問題である。北朝鮮などのならず者国家は、そのような米国の足元を見ているフシがある。

 しかし米国は、最新兵器に裏打ちされた強大な軍事力だけでは無く、血を流さない戦争=「無血戦争」においても圧倒的な強さを持っているのである。

 いわゆる購買力の高い「消費者」の立場から「売り手」である中国を締めあげる「貿易戦争」もその一つだし、昔で言えば「海上封鎖」に相当するような「経済制裁」も、ボディーブローのようにじわじわ効いてくる効果的な戦略である。

 しかし、「無血戦争」における米国最大の武器は「金融」である。世界のお金の流れを支配しているのは米国なのである。

 例えば、北朝鮮やイランの高官の口座を経済制裁の一環として封鎖したというようなニュースを聞くとき、「どうやって口座を調べたのだろう」という疑問を持たないだろうか?

 このような人物が本名で海外に口座を開くとは考えにくく、当然偽名やトンネル会社などを使用する。しかし、そのような偽装をしても、FBIやCIAは、口座間の資金の流れを解析して、本当の口座の持ち主をすぐに特定できる。この基本技術は30年前には確定しており、人間経済科学研究所のメンバーが30年前にFBIで研修を受けたときにはすでに基本技術が実用化されていた。

 その後、テロ対策、マネー・ロンダリング対策で銀行口座開設や送金の際の本人確認が非常に厳しくなったのは、読者も良くご存じだと思うが、これは米国の指示による。日本だけでは無く世界的な現象なのである。

 少なくとも米国の同盟国・親密国においては、どのような偽装をしても米国の監視の目からは逃れられないということである。

 スイスのプライベートバンクの匿名性が攻撃され、口座情報が丸裸にされたのもこの戦略と関係がある。

 そして、北朝鮮、共産主義中国など米国と敵対している国々のほとんどは、汚職で蓄財した個人資産を保管しておくには適さない(いつ転覆するかわからない)ので、米国の口座に保管をするしかない。

 米国と敵対する国々の指導者の目的は、国民の幸福では無く個人の蓄財と権力の拡大であるから、彼らの(海外口座の)個人資産を締めあげれば簡単に米国にひれ伏す。

 孫子は「戦わずして勝つ」ことを最良の戦略としているが、まさに金融を中心とした「無血戦争」で、連勝を続けているトランプ氏は、歴代まれに見る策士の才能を持った(優秀な策士のブレインを持った)大統領なのかもしれない。


(大原浩)


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孫子と三賢人のビジネスその1



産業新潮 
http://sangyoshincho.world.coocan.jp/
10月号連載記事


■その1 ビジネスとは詭道(イノベーション)なり

●孫子とは?


 孫子を知らない方はたぶんいないでしょう。しかし、その実像は謎に包まれています。例えば、「孫子」という言葉は、その著書の名前と著者の名前の両方に使われます。
 著書の方は、途中で色々変化を遂げたにせよ現在まで連綿と伝わっていますが、著者の方は、実在したのかどうかさえ議論があるところです。春秋時代の武将である孫武であるとの説が有力ですが、その他に子孫と言われる孫ピンが著した孫ピン兵法もあります。本連載では、一般に「孫子の兵法」としてよく知られている、孫武が著したとされる書物を基本にお話していきます。


●三賢人とは


 古代から現在に至るまで賢人と呼ばれる人々はたくさんいますが、本連載で三賢人と呼ぶ場合には「ピーター・F・ドラッカー」「ウォーレン・E・バフェット」「マイケル・E・ポーター」を指します。
 世界を見渡せば、経済・経営の分野において賢人と呼ばれる人々はたくさん存在しますが、その中でもこの3名の経営・ビジネスに対する考え方は突出して優れています。

 また、特にドラッカーとバフェットにおいて顕著ですが、西欧流の目の前の作物を刈り取る焼き畑農業的なビジネスではなく、長期的視野で作物を育てるビジネスを志向している点が特徴的です。
 ドラッカーは日本の水墨画のコレクターとしても有名ですが、米国よりも日本の方がその著作が売れていることから考えても、長期的視野でビジネスを考えていることは明らかです。

 バフェットも「長期的視野」で投資することで有名であり「永久保有銘柄」とネーミングして、未来永劫売却しない企業もあります(実際には、数十年の間には売却することもあるのですが・・・)。さらに、バフェット率いるバークシャーでは、厳しい実力主義にも関わらず、解雇をしない「終身雇用の実力主義」を実践しています。

 ポーターは、前記二人を「哲学者」と呼ぶならば、「研究者」です。
 ドラッカーとバフェットが指し示す道筋を、膨大な実践的な調査・研究で体系化したといえるでしょう。


●孫子と三賢人

 孫子と三賢人の間には具体的には何のつながりもありません。
 時間的(歴史的)空間的(洋の東西)にも接点は見出せません。それでも、三賢人と孫子の思想の間には、根本的な部分で大きなつながりがあると考えます。実際、孫子は欧米の軍事戦略家だけではなく、経営者・ビジネスマンにも広く読まれており、主流ではないにせよ欧米のビジネス・経営に一定の影響を与えています。
 本連載では、孫子の教えとビジネス・経営との接点を中心に解説しながら、三賢人の教えの中で孫子と共通するものにも触れていきます。


●長期的視野においてこそイノベーションが重要である

 「長期的視野」という話をすると、「イノベーション」とあまり関係無いように思われがちですが、事実は全く逆です。イノベーションとあまり関係無いのは、むしろ「短期的視野」です。短期的なことだけを考えれば、過去の(成功の)惰性だけでやっておけばよいのであって、イノベーションを行うための手間と費用をかける意味などありません。実際、将来のイノベーションのための投資を行わずに費用を節約し、目先の売り上げと利益をかさ上げすることによって株価を上昇させ、自らが保有するストックオプションの行使に有利なる
ようにする、あるいは、過大なボーナスを受け取る経営者は(特に米国において)珍しくありません。

 それに対して、長期的に企業を発展させようとすればイノベーションは欠かせません。どのような優れたビジネスモデルも時の流れとともに陳腐化するからです。特に、インターネットをはじめとする情報流通の平等化(情報の非対称性の減少)によって、消費者の消費行動のスピードが加速していると考えられるため、ビジネスモデルの陳腐化が益々早まっています。

 孫子が述べる詭道(ゲリラ戦)は、定石に対する言葉です。囲碁や将棋においてそのルールは滅多に変わりませんが、ビジネスの戦いにおいては戦場である市場が常にその形を変えていますから、定石が詭道(イノベーション)によって覆される可能性も高まります。

 詭道であったものがその成功で定石になり、その定石もまた別の軌道によって打ち破られるのがビジネスの世界です。

(続く)


続きは「産業新潮」
http://sangyoshincho.world.coocan.jp/
10月号をご参照ください。


(大原浩)


★大原浩の執筆記事「異次元緩和でも日本にインフレが起こらない極めてシン
 プルな事情」(アナログな企業と人生こそデフレの勝者)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56970
 が講談社・現代ビジネスに掲載されました。

★大原浩の執筆記事<「衝撃分析:中国崩壊でも心配無用 世界経済好転」>
 が8月20日(月)午後発売の夕刊フジ1面に掲載されました。
 ZAKZAK (夕刊フジネット版)
https://www.zakzak.co.jp/search/?q=%E3%80%80%E5%A4%A7%E5%8E%9F%E6%B5%A9

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書評:トコトンやさしい海底資源の本



 書評:トコトンやさしい海底資源の本
 大高敏男 乾睦子 著、 日刊工業新聞社
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 「海底資源」というキーワードをかなり幅広く解釈した内容ですが、その範囲の広さにもかかわらず、コンパクトかつ充実した内容だと思います。

 特に第1章、第2章で鉱物に関する基礎知識の解説(担当:乾睦子)、第3章〜第6章では、海洋や海底の資源やエネルギー変換技術、採掘技術、探査技術についての基礎知識の解説(担当:大高敏男)という構成は良いと思います。

 海洋資源は大きく鉱物とエネルギーに分けることができるかと思いますが、2004年度の家庭用エネルギーの内訳は<電力44.9%、石油24.3%、都市ガス17.5%、LPG12.2%>です。また、業務用エネルギーの消費量も、おおむね同じで電気が全体の約半分を占めます(しかも、もし日本中の車が電気自動車になれば、電力使用量は現在の10倍になるといわれています)。

 石器時代、青銅器時代というような歴史分類で言えば、現代は間違いなく「電気時代」です。もし大規模な太陽嵐などで1週間世界中の電気が使えなくなれば、現代の文明はアトランティス大陸のように崩壊するでしょう。

 本書でも、「電気」にかかわる資源に多くのページを割いており、海底熱水、潮汐エネルギー、海流・潮流エネルギー、海洋温度差、塩分濃度差など数多くの発電手法に言及していますが、注目されるのは
1)波浪エネルギー
2)洋上風力
3)海洋バイオマス
です。

 1)の波浪エネルギーは、波の高さ(上下運動)を利用する発電ですが、一般的に海洋という特殊環境から大規模な設備が必要とされる海洋発電の中では、比較的小規模・簡便に実現可能です。極端に言えば海にブイを浮かべるだけで発電が可能です。

 2)の洋上風力発電は、陸上での風力発電に比べて、風力が安定していることと、強い風力を得ることができるのが強みです。風力発電において、発電量は羽根が受ける風速の3乗に比例します。つまり、風速が3倍になれば発電量は27倍になるのです。

 ちなみにバフェットは、傘下のエネルギー会社(バークシャー・エナジー)を通じて、風力発電の設備に多額の投資をしています。もちろん、太陽エネルギーの変換効率が10%台で太陽光パネルの廃棄と設置場所の開発で環境を破壊する太陽光発電よりははるかに賢い選択なのですが、陸上の風力発電については将来の不安があります。

 3)海洋バイオマスは、かなり有望だと思います。陸上のバイオマスでも、既存の火力発電所等と同様に「24時間一定の発電量を維持できる」という強みがあるのですが、海洋バイオマスには「藻」という心強い味方がいます。

 世界の海藻の資源量は推定で1800万トン以上といわれるのですが、約7.2×10の9乗立法センチ(1トン海藻から400立方センチのメタンガスを生成すると考える)ものメタンガスが生成されます。

 しかも、メタンガス1立方センチ製造するコストは10円から30円程度と試算されるので、実用化が期待されます。
 また、海藻の養殖は決して難しくないことも利点です。


(大原浩)


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書評:ソクラテスの弁明・クリトン



書評:ソクラテスの弁明・クリトン
プラトン 著、 講談社学術文庫
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■「悪法も法なり」なのか?

 ソクラテスは無実の罪(不敬神)で、邪悪なアテナイ市民から訴えられ、アテナイ市民の多数を占める「心無い」人々によって死刑を宣告されました。ソクラテスはこの判決が「無実の者を罰する誤ったもの」であると確信しており、ソクラテスの親しい友人であるクリトンたちも、ソクラテスの助命に奔走し脱獄の準備もしていました。しかし、ソクラテスはその誘いを拒否し、神の意志の表れとして死刑を受け入れました。

 この逸話から「悪法も法なり」という言葉が生まれましたが、ソクラテス自身はそのようなことは述べていません。しかし、ソクラテスが「誤った判決」を静かに受け入れ死刑となった背景には「国家の判断と個人の判断がぶつかった時には国家の判断が優先する」という哲学があったのは間違いないと考えます。

 この考え方は、現代のように「個人」の意思が尊ばれる時代においては「専制的な国家の暴政も受け入れなければならないのか!?」と糾弾されそうですが、本当にそうでしょうか?


■封建制度を経験しなければ民主社会は生まれ無い

 歴史的に見ると、絶対王政から民主主義は一足飛びに生まれていません。基本的には封建社会を経験する必要があります(詳しくは、人間経済科学所研究論文「中国はなぜ民主主義を受け入れないのか」<藤原相禅>を参照)(https://j-kk.org/

 簡単に言えば、封建制度とは「御恩」と「奉公」の関係であり、領主が武士たちの所領を「安堵」する代わりに武士たちが領主に「奉公」するという「ギブ・アンド・テイク」の関係なのです。これこそが「契約」という概念の本質であり、<国民と政府との間の契約>という概念が発達しなければ民主主義は永遠に生まれないのです。

 絶対王政の王や帝国の皇帝はもちろんのこと、ファシズム、軍事政権、共産主義のように党や軍部が絶対権力を持つ<独裁政治>の元で民主主義は生まれませんし、そのような独裁政治から一気に民主主義社会へ移行することはまずなく、封建制度のような<中間的形態>を経る必要があるのです。

 欧米諸国は、後進国(発展途上国)の経済を豊かにすれば民主化されると信じて経済援助を続けてきましたが、それが完全な誤りであったことは現状を見ればすぐにわかることであり、共産主義中国はその典型例でしょう。

 結局、民主社会を実現できるのは欧米や日本などの(封建主義を経験した)限られた国々だけであり、そのような「政府と国民の契約が成り立つ社会」では、個人は政府との契約にしたがって命令に服従しなければならないというのがソクラテスの主張です。

 したがって、共産主義(ファシズム)が支配する中国のような国では、国家の命令に従う必要はないということです。

 例えば、ソクラテスは当時多数の都市(国家)の集合であったギリシャの中で、自分が望めばアテナイ以外の都市へいつでも自由に移動(移住)できたこと(ほとんどの独裁国家では自由にできません)をあげて、自分の意志で国家との契約を行ったのだと主張しています。

 もちろん、現在の日本をはじめとする先進国でも、他国への出国、移住の自由は基本的に保証されています。


■法律こそが自由の基礎である

 もう一つ重要な点は、「法律こそが<自由>の基礎であり、法律に従うことこそが自由への近道である」ということです。

 一般的に法律と自由は反対の概念と思われがちですが、法律がまったく無い状況を想像してみてください。例えばアフリカのソマリアは無政府状態で法律による統治がまったく行われていませんが、人々は恐怖におびえながら暮らしていて「自由」はほぼ存在しません。ただ一つ存在するといえるのは「他人を殺す自由」だけです。

 西部開拓時代も同様です。保安官が撃ち殺されれば(存在しない場合も多かった)、盗賊集団が町を支配し、「呼吸する自由」さえ奪われかねないような状況でした。

 実は無政府というのは、究極の不自由であり、政府と法律が自由に不可欠であることは、「自由主義」の急先鋒であり、ノーベル経済学賞受賞者である、オーストリア学派のフリードリヒ・ハイエクも認めるところです。

 ですから、ソクラテスは「自由」を手に入れるために、間違った死刑判決を受け入れたとも言えます。


■良き人生を生きる

 死刑判決当時ソクラテスは70歳でした。70年間アテナイという都市(国家)に守られて暮らせたことを感謝しており、それも彼の判断に影響を与えたようです。

 「たとえ他国へ亡命したとしても「脱獄」したという汚名は消えず、人々が自分(ソクラテス)の話を聞くときにそのことを考えすにはいられないだろう。おいしい料理を食べたりする以外に何ができるのか?」と述べています。

 しかし、それでも生きていた方がいいじゃないかと思う人が大半でしょう。ソクラテスはそのことをよく理解して「我々(クリトンなどの支援者)の考えをわかる人々は極めて少ないだろう」とも発言しています。

 つまりソクラテスは、「良き人生」を送ることが人生の主要な目的であるということは真理であるが、「良き人生」の概念は人によってさまざまであるということも認めているのです。

 自由に良き人生を生きたいからこそ「誤った死刑判決を受け入れる」というのは矛盾のようにも思われますが、それこそが「自由=良き人生」に関する最大のメッセージなのです。


■モリカケ問題とソクラテス

 国民の血税を使って、野党やマスコミが国会で無実(少なくとも細かい議論は別にして本筋において)の安倍首相を捏造証拠や嘘で糾弾しました。ソクラテスを無実の罪で裁判にかけた卑劣なアテナイ市民にも劣りますが、幸運なことに安倍首相は死刑に処されていません。

 ソクラテスは、「<真実>を追求し続けながら、公職につくことは自滅行為である」と、あくまで人々との対話によって真実を伝えてきた理由を説明しています。確かに、卑劣な人間は、その卑劣さを指摘されると激怒します。ソクラテスのような、妥協の無い姿勢で野党やマスコミの卑劣さを次々と指摘していたら、ケネディ大統領のように今頃暗殺されていたかもしれません・・・・。

 民主主義政治とは「寛容と忍耐」を必要とします。安倍首相は、はらわたが煮えくり返るような思いであったかもしれませんが、堪忍袋のひもをしっかりと締めたまま、卑劣な糾弾者と忍耐強く対峙しました。良くも悪くも。民主主義社会では、連続殺人鬼や幼児レイプ班員であっても、一定の人権は保障されるのです。

 ソクラテスのように自らの死によって、自らの哲学を貫徹させる賢人もいれば、安倍首相のように、国民の現実の幸福のために自らを投げ出す宰相もいるということです。


■備忘録

 書ききれなかった重要なポイントを箇条書きにします

◎真実は相手を傷つける。頭頂部の毛髪の生育力が弱まっている人に「禿」と言ったり、エコノミー座席が二つは必要な体型の人に「デブ」と言うのは<真実>ではあるが、「正しい」こととは言えない。一方で、汚職をしている政治家・官僚、記事を捏造しているマスコミに<真実>をつき出すのは絶対に必要なことである。

◎ソクラテスは、普遍的に<真実>を追求したため、<真実>を暴かれた人々から大きな恨みを買った。

◎人間は、夜眠っているときには意識が無い。もし、死がそのようなものであれば「永遠に熟睡できる」のは決して悪いことでは無い。

◎当時のアテナイでは検察制度が無く、誰もが訴訟を起こすことができ、示談金をせしめるために冤罪とわかりながら訴訟を起こして金をせしめる輩も少なく無かったが、ソクラテスはそのような示談を行うことなく、法廷で正々堂々と弁論を行った。

◎ソクラテスは、「冤罪で死刑にされる」よりも「冤罪で死刑にする」人々のほうが不幸だと考えていた。

◎大衆の多数意見に価値は無い。重要なのは思慮のある人の意見である。

◎医療に関しては専門家である医師の意見に従う。大多数の無知な大衆の意見に従うのは危険な行為である。言論、政治においても同様である。

◎大衆が自分をどのように評価しようが関係が無い。大事なのは知識と教養を備えた人が自分をどのように評価するかである。

◎国家を父親のようなものと考えたら、「ぶたれたからといってやり返すのが正しい行い」なのだろうか?

◎民主国家では政府を説得するか、それとも政府に従うかの二者択一を国民に与えている。共産主義やファシズムでは与えられていない権利である。

◎国家と政府とは違う。政府とは、国民一体の概念上の存在である国家から実務を運営するために仕事を任命された存在である。

 国家と政府の「二権分立」が確立した日本の制度を見るとよくわかる。
 国家とは、国民統合の象徴である天皇制で表されるが実務は行わない。実務を行うのは国家の象徴である天皇から任命を受けた内閣(昔は征夷大将軍)である。したがって、政府が何回変わっても「日本」という国家の永続性は保たれる。


(大原浩)


★大原浩の執筆記事「異次元緩和でも日本にインフレが起こらない極めてシン
 プルな事情」(アナログな企業と人生こそデフレの勝者)
 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56970
 が講談社・現代ビジネスに掲載されました。

★大原浩の執筆記事<「衝撃分析:中国崩壊でも心配無用 世界経済好転」>
 が8月20日(月)午後発売の夕刊フジ1面に掲載されました。
 ZAKZAK (夕刊フジネット版)
 https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180821/soc1808210003-n3.html

★2018年4月に大蔵省(財務省)OBの有地浩氏と「人間経済科学研究所」
 (JKK)を設立します。HPは< https://j-kk.org/ >です。

★夕刊フジにて「バフェットの次を行く投資術」が連載されています。
(毎週木曜日連載)


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書評:欧州解体 ドイツ一極支配の恐怖



書評:欧州解体 ドイツ一極支配の恐怖
ロジャー・ブートル 著、東洋経新報社
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■クレディ・リヨネ銀行での思い出(ユーロの導入は政治的決断)

 私がフランス国営・クレディ・リヨネ銀行で勤務を始めたのは1989年。
 その後、マーストリヒト条約(欧州連合条約)が1991年12月に合意され、1993年11月に発効します。欧州経済統合の深化と政治統合が定められただけでは無く、統一通貨導入への道筋も示され、ヨーロッパ中央銀行・統一通貨(現在のユーロ)の設立・導入への具体的期限が定めらました。

 私の所属していた部門はクレディ・リヨネ銀行と英国の金融ブローカー・ハウス(アレキサンダー・ラウス)とのJV(合弁)会社であったため、リヨネのパリの本店と、ロンドンのブローカー本社の両方からエコノミストレポートが送られてきました。

 その多くの内容が一番ホットな「通貨統合」に関わるものであったのですが、パリとロンドンのあまりにも大きな隔たりに驚かされました。

 要約すれば、ロンドン(英国)のエコノミストの主張は
「財政・政治・金融政策などの統合が行われる前の共通通貨の導入などあり得ない。もし万が一そんなことをしたら将来大変なことが起こる」
というものでした。

 それに対して、パリのエコノミストたちの主張は
「共通通貨を導入しさえすれば、財政・政治・金融政策は後からついてくる」
というものだったのです。

 私を含めたチームのメンバーは、すでにマーストリヒト条約で通貨統合の道筋が示されていたにもかかわらず「経済・社会の基本的な理論から考えても、パリの言い分は奇妙で、ロンドンの主張が正しい」と考えていました。

 ですから、ユーロが1999年1月1日に決済用仮想通貨として共通通貨(ユーロ)が導入されたことには本当に驚きました(そのころすでに私は、リヨネを退行し、(株)大原創研を設立、独立していました)。
 念のため、現在のような現金通貨であるユーロは、3年後の2002年1月1日に誕生しています。

 結果的に、ロンドンのエコノミストや私の予想は外れたわけですが、発足以来20年間の経緯を見れば、ユーロの導入が愚策であり、現在のEU解体の危機の最大の原因(他にもEUの問題点は数え切れないほどありますが・・・)と言っても良いでしょう。


■EUというタイタニック(戦艦大和)から脱出した英国

 1989年にベルリンの壁が崩壊し、その2年後の1991年にソ連邦が崩壊するという激動の時代に、永遠に不可能だと思われていた東西ドイツの再統合のチャンスがやってきます。

 そのドイツ再統合(東西ドイツの合併、1990年)の議論の際に、ドイツが統合して強大な国になるのを恐れたフランス(共通通貨導入の最右翼)をはじめとする周辺諸国に対してドイツが通貨統合に関して柔軟な姿勢を見せるという「取引」がマーストリヒト条約での「共通通貨導入」という文言に影響を与えています。

 つまり、ユーロというのは経済合理性を無視して、政治的思惑で誕生した通貨であり、いくら政治でごり押ししても、経済法則を変えることはできないという見本になってしましいました。

 また、EUそのものも、言ってみれば太平洋戦争末期に建造された「戦艦大和」のようなものです。航空機の時代になって空母が必要とされているのに、巨砲を搭載した巨艦を建造した軍部が批判されますが、EUもまさに航空機の時代に取り残された巨艦なのです。

 例えば、現在の「一人あたりGDP世界上位五か国」は、シンガポールをはじめすべて人口600万人以下の国です。「大きいことはいいことだ」という言葉は、少なくとも「国民の豊かさ」という観点からは意味を失っています。

 英国のEU離脱が軽率だったなどいう批判を浴びますが、そもそも英国はEUに加盟すべきでは無かったと思います。またユーロ圏に入らなかったことはとても賢明な選択であったといえます。

 現在のところブリグジットは無秩序離脱になる可能性が高いようですが、たとえ無秩序離脱になっても英国の離脱は正しい選択なのです。
 理由は本書に詳細に述べられていますが、簡単に言えば「英国がEUから離脱しても、米国、日本、シンガポールのような非加盟国になるだけで、これまで重荷となってきた分担金の支払いや、全体主義(官僚主義)的なEUの呪縛から解き放たれる」ということです。ちなみにスイスはEUに加盟せずに特殊な関係を保っています。しかも他のEU加盟国にとって英国は最大の輸出先であり、貿易黒字を稼いでいる「お得意さん」なのです。

 WTOが存在する限り、英国のEUとの「公正な」貿易は離脱後も保証されます。もちろん、EU各国からいじめや嫌がらせを受ける可能性はありますが無視出来る程度のものでしょう。

 そもそも欧州統合は、2回の世界大戦で悲惨な状況を味わった国々が「不戦」を目指して模索されたのです。ですから、欧州統合に経済的・社会的合理性があるのかなどということは、あまり考慮されませんでした。


★なお、本書の272ページで「移民に対する何らかの対策が取られなければ2017年の国民投票で英国が離脱する可能性が高い」と述べられており、現実にその通りになりました。


■全体主義(ファシズム・共産主義)的傾向を強めるEUのエリート(官僚)たち

 欧州の統合論議が活発であったのは冷戦時代であり、欧州が統合して巨大な共産主義(ファシズム)国家・ソ連邦に立ち向かうというのもそれなりに合理性があったのです。しかし、今やスペインやイタリアでは、むしろ分離独立運動が盛んであり、世の中の趨勢は「分散化」に向かっているのです。

 その中で、EUは全体主義(共産主義・ファシズム)的な色彩を強めています。EU国民の箸の上げ下ろしにまで口を出し、膨大なEU官僚に対するバカ高い給料をはじめとする効果の無い浪費を続けています。

 全体主義である共産主義もファシズムも欧州大陸で生まれた(イタリアのベニート・ムッソリーニが創始者であり、ドイツのアドルフ・ヒットラーが発展させた)ことから分かるように、大陸欧州(英国などは除く)の政治土壌は、かなり独裁主義的で、だからこそ「民主主義」を求める人々の行動が先鋭化するとも言えます。

 例えばフランス革命(1789年)の後、1804年に独裁者ナポレオンが、国会の議決と国民投票を経て皇帝(世襲でナポレオンの子孫にその位を継がせるという地位)となっています。せっかく国王を斬首し、多くの国民の血を流して獲得した民主主義を自ら独裁者に売り渡しているのです。

 またアドルフ・ヒトラーを首相とするドイツの内閣(ヒトラー内閣)は、国民の選挙によって1933年に成立しており、1945年のアドルフ・ヒットラーの死まで存続していました。
 逆説的に言えば、選挙によって選ばれたヒットラーやナポレオンなどの独裁者は、普通選挙という手続きを経ていない(立候補を制限するダミー選挙は除く)、毛沢東・スターリン・習近平などの独裁者などと比べると「民主的」な存在といえます。

 大陸欧州の独裁は「国民の選択」によって行われてきた歴史があるのです。
 EUも現在全体主義(独裁主義)の道をひた走っており、各国でEU懐疑論が強まっているのもEUの全体主義的(共産主義・ファシズム的)独裁主義に対して欧州の人々が警戒感を強めているからです。

 そのような崩壊・解体が間近なEUから離脱した英国の選択は賢明です。
 今後EUが、ナポレオンやヒットラーの独裁のような事態になる可能性もありますが、欧州の多くの国民はそれを阻止できるだけの英知を持っていると信じたいです。


■EUの諸問題

 本書では、前記のような大きな問題を抱えるEUに関し、詳細で的確な観察を行い、精緻な議論を展開しています。以下重要な問題点を列挙します。

1)富裕国は小国
 IMFによれば、一人あたりGDPの世界上位5か国は、カタール、ルクセンブルク、シンガポール、ノルウェー、ブルネイ。いずれも人口600万人以下の小国。
 特にシンガポールは、マラヤ連邦(現在のマレーシア)から追放される形で独立している。建国の父リー・クアンユーが男泣きしながら国民に結束を呼びかけた演説の映像は、その追放が当時の漁港に毛が生えた程度のシンガポールにとってどれほどの危機であったのかを象徴している。
 しかし、現在のシンガポールはマレーシアなど及びもつかない富裕国(世界トップファイブ)になっている。英国とEU(加盟国)との関係もたぶん同じようになるだろう。

2)ユーロは金本位制の弱点を受け継いでいる
 加盟国の通貨を統一し為替相場の変動による調整を放棄する手法は現代の金本位制である。ケインズはブレトンウッズ体制を構築するときに、デフレスパイラルを調整するため、固定制だが調整可能な為替システムを導入した。
 ユーロ圏でのデフレスパイラルは、ケインズが恐れていたのと同じものであり、弱小国における高失業率も為替調整ができないため改善されない。結果競争力を保つドイツの輸出が独り勝ちする(為替調整が無いため)。
 ゲルマン系の中核国よりも周縁国でのコストと価格の上昇が早く、周縁国は競争上不利な立場に立ち、経済が弱体化した。
 為替による調整は、国内におけるデフレや失業などの痛みを調整する有効な手段であるのに、ユーロの導入によってその道を絶たれたのである。

3)日本よりも深刻なデフレスパイラル
 本書の資料P176〜177によれば、欧州のデフレスパイラルはバブル崩壊後の日本に酷似しており、むしろそれよりも先行しているくらいである。

4)諸国家を統一した成果は?
 何世紀もの間多くの都市国家や王国の寄せ集めであったイタリアが1860年代に国土を統一し、政治・通貨・財政が一つになった、それ以来、現在に至るまでシチリア王国に対応する南部の地域では経済不振が続いている。
 少なくともイタリア南部の指導者は、統一は間違いであったと考え始めている。米国のイタリアンマフィアが強い力を持ったのも、南部イタリアから多数の貧しいイタリア人が米国に移住したからである。

5)援助や補助金は何も生み出さない
 イタリア統一以来、北部のミラノから南部のナポリへほとんど絶えることなく資金が流れ続けているが、資金は巨大なブラックホールの中に消えていき、資金の流れが反転することは無かった。これはアフリカ諸国への「援助」、世界中のほとんどの先進国が行っている農業への「補助金(日本の場合は特に悲惨な結果を招いている)」、地方創成への援助など同類のプロジェクトでもほぼ同様に起こっている問題である。
 この問題への正しい対処方法は、オーストリア学派(ハイエクなど)が述べているように、政府があらゆる干渉をやめて「放任」することであり、著者も私も基本的部分において同意見である。

6)ドイツ人の信条
 ドイツ人はグラッドストン流の財政政策を好み「出ずるを制し、入るを増やす」を実践しケインズ流の財政性政策を好まず、金融緩和には消極的である。
 したがって、ドイツがEUの主導権を握る限り大規模な金融緩和は実行しにくい。

7)異常時の金融緩和は効果が薄い
 大規模な量的緩和は「異常時」に発動されるので、銀行はいくら調達コストが安くても融資をすれば焦げ付くと恐れて融資を手控える(実際、米国、日本、英国ではそうなった)。その結果、中央銀行が供給した資金は中央銀行の当座預金として滞留し、中央銀行が供給した資金はブーメランのように中央銀行に戻ってくることになる。

8)「特殊エンゲル係数」と「一般エンゲル係数」
 金融緩和によって資金を供給しても、一般消費財の消費は食費における「エンゲル係数」のように個人が消費する金額には限界がある。食費に関する性向を「特殊エンゲル係数」とすれば、一般消費財に関するものを「一般エンゲル係数」と呼ぶことができる。消費しきれなかった資金は中央銀行に還流するものを除けば、株式や不動産などの資産の購入へと向かい資産インフレを起こす。日本のバブルで一般消費財の価格があまり上昇しないのに土地や株式の価格が高騰したのがその典型であり、現在の日本もそれに近い状況にある。

9)金融緩和は為替調整によって「デフレの輸出」となる
 金融緩和によって経済の底上げを行う手法は、金融システムが混乱している環境ではあまり効果が出ないが、金融緩和によってデフレを調整しようとする手法は、為替相場の調整(自国通貨の価値の下落)を通じてデフレを海外に輸出するのと同じことである。

10)英国は自由に貿易協定を結べる
 英国がEUから離脱すれば、独自に各国とFTAなどの貿易協定を結ぶことができる。

11)金融サービスなど無形のものには関税がかからない
 シティなどで、世界をリードしている金融サービスは、無形であるが故に関税がかからない。

12)英連邦は巨大な組織である。
 英連邦は54の独立国(英国王を自国の王とする16の国々と38の共和国など)で構成。人口は20億以上、世界貿易の20%のシェア(推定)。
 ただし、関税同盟などの具体的協定があるわけでは無いが、それらの協定の基礎にはなりうる。


(大原浩)


★大原浩の執筆記事「異次元緩和でも日本にインフレが起こらない極めてシンプルな事情」(アナログな企業と人生こそデフレの勝者)
 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56970
 が講談社・現代ビジネスに掲載されました。

★大原浩の執筆記事<「衝撃分析:中国崩壊でも心配無用 世界経済好転」>
 が8月20日(月)午後発売の夕刊フジ1面に掲載されました。
 ZAKZAK (夕刊フジネット版)
 https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180821/soc1808210003-n3.html

★2018年4月に大蔵省(財務省)OBの有地浩氏と「人間経済科学研究所」
 (JKK)を設立します。HPは< https://j-kk.org/ >です。

★夕刊フジにて「バフェットの次を行く投資術」が連載されています。
(毎週木曜日連載)


【大原浩の書籍】

★バフェット流で読み解くGINZAX30社2019年度版<上巻+下巻>
(昇龍社・アマゾンキンドル版)が発刊されました。
 上巻:https://amzn.to/2ztqB3m
 下巻:https://amzn.to/2L7olUf

★「バフェット38の教え・応用編」(昇龍社、アマゾンキンドル版)
 https://amzn.to/2Lxd8sJ

★「バフェット38の教え」(昇龍社、アマゾンキンドル版)
 http://amzn.to/2f7AZkD

★終身雇用の実力主義―バフェットとポーターに学ぶナンバーワン企業戦略―
 アマゾン・キンドル版
 https://amzn.to/2GdMYx2

★バフェット流で読み解くGINZAX30社(2018年度版、上巻、下巻)
 <発行:昇龍社>(アマゾン・キンドル版)が発刊されました。
 上巻:http://amzn.to/2wtdH3m
 下巻:ttp://amzn.to/2wjJTFE

★バフェット流で読み解くGINZAX30社(2017年度版、上巻、下巻)
 <発行:昇龍社>(アマゾン・キンドル版)
 上巻:http://amzn.to/2clE4yw
 下巻:http://amzn.to/2clFbxZ

★バフェット流で読み解く、GINZAX30社<特選・優良企業>
 昇龍社、アマゾン・キンドル版<上・下巻>2016年度版
 http://goo.gl/3icB5G
 http://goo.gl/ltVLIs

★『投資の神様』(バフェット流投資で、勝ち組投資家になる)<総合法令>
  http://goo.gl/MKtnf6

★「客家大富豪の教え」18の金言」に学ぶ、真の幸せをつかむ方法
 著者:甘粕正 <アマゾンキンドル版>
 http://goo.gl/rKIvhB

★「賢人バフェットに学ぶ・投資と経営の成功法則」
 昇龍社(アマゾン・キンドル版)
 http://goo.gl/UMxBYs

★「バフェットからの手紙」に学ぶ(2014)大原浩著 昇龍社<Kindle版>
 http://goo.gl/Blo6KT

★「バフェットからの手紙」に学ぶ(2013)大原浩著 昇龍社<Kindle版>
 http://goo.gl/iz1GUV



(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関し
 ては御自身の責任と判断で願います。)


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